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アダルト・チルドレン 癒しのワークブック―本当の自分を取りもどす16の方法 [書籍]


アダルト・チルドレン 癒しのワークブック―本当の自分を取りもどす16の方法

アダルト・チルドレン 癒しのワークブック―本当の自分を取りもどす16の方法




今回は、書評と自分の人生のアウトプットをしてみようと思う。

私は「アダルトチルドレン」関係の書籍は読まないことにしていた。
理由は簡単で、自分の心の中の一番触れて欲しくないところを書かれていることが分かったからだ。
(読んでもいないのに分かるって言うのは不思議なことだけど、まあご容赦願いたい。)

そんなわけで今日私が「アダルト・チルドレン 癒しのワークブック―本当の自分を取りもどす16の方法」を読んだということは、自分的にとっても勇気がいることで、次のステップに進む準備がようやく出来たのだといってもいい。

私は完全にアダルトチルドレンであった。
系統的には「親の過剰な期待」および、「過剰な自己干渉」に入る。

具体的には、いつも100点を求められていて、90点を取った時だって「なんであと10点取れなかったんだ!」とか言われたり、私に来る手紙が親に検疫され(開封され)不適当であると判断された場合は、私に届くことなくそのままゴミ箱行きだったことなどがある。
(当時はそれをまったく疑わなかったのである。)

そんな生活を続けていて思っていたことは、「自分が無い」ということだった。
(これは今だから理解できるのだが。)

たとえば学校に間に合うかギリギリのところで、走って校門までたどり着いたときに、
先輩から「疲れたなー」なんて言葉に、自分が疲れているのか良く分からず、
「よく分かりません」なんて答えたことがあった。
先輩は「自分が疲れていることが分からないの?」なんて聞き返してきたけど、
自分が疲れているのかなんて考えてもいないことだったし、
まったく別次元の話をされている気がした。

自分が疲れていることぐらい分かるだろ?なんて言葉が返ってきそうだが、
当時の私には本当に分からなかった。
何をしたら楽しいとか、何をするのが嫌だとか、こういう仕事にかかわっていきたいとか、
要するに自分がまったく無かったわけ。
流行っていたビックリマンシールだって欲しいのかどうか良く分からずにいた。

ただただ親の期待には答えねばならず、それをとても重荷に感じていたのだ。
(まあこれも今だから分かることなんだけど。)

でもこれには親側にも理由があって、
私の父はとある事情で中学卒業とともに家庭のために働かなければならず、
子供(私のこと)にはきちんとした教育を受けて欲しいという愛情があり、
また、母もそこそこいい高校を卒業しのではあるが、大学にはいけず、それを私に期待したということがあるのだ。

この本を読んで、そんな人生を送っていた当時の自分を抱きしめたくなった。

「君は楽しいことをしてもいいんだよ」とか、「君を無条件に愛してくれる人がいるんだよ」とか、
「いつだって僕は君の味方だよ」とか、読んでいて涙が幾度と無く流れた。

君は20歳のときにすばらしい出会いがあって、
さらにその10年後にはとんでもなく楽しい人生を送ってるんだよとか、
そのきっかけは本当にささいな、何てこと無い一通のメールだったりするんだよとか、
いろいろ言いたいことが浮かんできた。

まあ何が言いたいかというと、自分の心に素直になると、
何でだか分からないけどラッキーなことが続くということ。

今までならラッキーなことがあると、その対価として何か不幸なことが無ければならないと思ってたんだけど、
人生は足し算引き算のゼロサムゲームなんじゃなくて、よく分からない不思議な存在があるってこと。
それを具体的に説明しろって言われるとすごく困るんだけど、
そう考えたほうが「楽」だってこと、もちろんこの中には「楽しい」って意味も含まれている。

当時の自分にだって味方はいたし、それに気づかないだけだったんだよと、
親の行動だって納得は出来ないけど理解は出来るというかね。

まあ何が言いたいかというと、今の自分はターニングポイントに差し掛かってて、
そしてそれがいい方向に向かっていると、なんとなく分かっているんだよね。

まあ普通の人なら十台とか、二十台とか、もっと早くから気づけたチャンスはあった。
31で自分を許せるようになるなんて遅いほうだろう。
でもいつもそんなだったし、まあいいかと思えるようになったんだ。

人生って不思議だねえ、
自分は中の下だろうとか思ってた人生が、凄まじくつらい人生で、それに絶望感を味わい、
何度と無く自殺未遂を繰り返した。

でもそれだって自分を知るためのプロセスだったんだよね。

人生が楽しいものに変わるきっかけなんて数が多い、
それはたった1クリックのことだったり、うつ病になったことだったり、
猫を飼うことだったり、人と出会うことだったり、本との出会いだったり、
ひょっとしたらどこかで見た看板だったりするかもしれない。

それはいつだって目の前にあるんだけど、
自分が見ようと思わないと視界に入ってこないんだよね。

この本を読んで、今までの自分を許すことが出来て、
これからの自分を好きになる準備が出来た。

本って素晴らしいね。
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ゆゆゆ

はじめまして。

私も同じ31才、ACと闘う一人です。
私がACであると気が付かせてくれた本は女優の東ちづるさん著の「<私>はなぜカウンセリングを受けたのか」という本でした。
私は20才前後で自分の生きにくさに気が付いて以来、
心理学の専門学校に通ったり、カウンセリングを受けたものの結局よくわからないまま30才になり、昨年の9月にうつ病を発病。
そこからずっとACである自分や、両親に対する思いと向き合う日々を送っています。
私もご紹介いただいた本、読んで見ようかな。

by ゆゆゆ (2008-07-01 15:36) 

saihinmin

ゆゆゆさん
コメントありがとうございます。
同じACなんですね。
私はこの年になるまでぜんぜん気づきませんでした。
自分の鈍くささにあきれる毎日です。(まあいつものことですが。)

この本はいいですよ。
私は泣きました。

ゆゆいさんもお体に気をつけて。
ゆゆゆさんが幸せな人生を送られること、影ながら願っております。
by saihinmin (2008-07-08 18:18) 

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